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【2020年コラム】

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『 児玉源太郎 VOL197』 9月のコラム上へ
 

 日清戦争による犠牲者は、戦死14,017人である一方、病死は118,094人。特にコレラの感染が多かったという。戦争で国力を使い果たした当時の日本に、様々な感染症に罹患している可能性のある兵士ら約24万人が、687隻の船舶で凱旋してくる。

 この危機対処に指揮官となったのが陸軍次官の児玉源太郎。事業予算確保への目途はつけたものの、行政的手腕に優れ、かつ専門的知識を持つ者は誰かと思案。結果、着目したのが、ロベルト・コッホ研究所に留学経験があり、内務省衛生局長を務めた後藤新平だった。当時の後藤は「相馬事件」と呼ばれるお家騒動に巻き込まれて連座し、入獄(後に無罪)。児玉は後藤に一目会うや「この男なら帰還兵24万人を任せられる」と直感した。後藤は最初は逡巡するも、児玉の威厳と器量に圧倒され検疫事業に携わることを決める。

 かくして児玉・後藤による大検疫事業が開始される。検疫の場所は広島県宇品の似島(にのしま)、大阪の桜島、下関の彦島の3つの離島を設定。兵舎の造営は蒸気式消毒缶と呼ばれる大型のボイラーを導入して対処することにした。これは当時細菌学者として名を成していた北里柴三郎の助力を得ることで可能になる。1日で600人を超える兵士を消毒缶で15分、60℃以上の高熱に耐えさせコレラ菌を死滅させるという設計だった。さらに船舶消毒、沐浴、蒸気消毒、薬物消毒、焼却施設、火葬場まで建設。徹底した対策を講じた。後藤は命の危険が伴う最前線に立ち、不眠不休で陣頭指揮を執り続けた。

 しかし、時間も手間もかかる検疫手順に、一亥も早く故郷に勝利の錦を飾りたい兵士たちに不満が募り、後藤に対する非難が轟々と沸き起こる。この暴動寸前の状況を制したのは、児玉の権威と機略。旅順に出陣していた征清大総督の小松宮彰仁親王の凱旋時、親王を説得。親王も諾と応じたことで、兵士の憤懣は収まった。記録によると、僅か3ヶ月で687隻、232,346人を検疫し、検疫所で罹患が証明された兵士の数は真性コレラ369人、疑似コレラ313人、腸チフス126人、赤痢179人。この数の罹患者が検疫なくして国内各地に帰還していたら、被害が深刻なものになっていたことだろう。

 コレラという当時有効治療法がなかった感染症に対して危機管理意識を指導者が共有し、この人ならついていってもいいと思わせる人間力を児玉も後藤も持ち合わせていた。安倍総理が持病の悪化により退陣を余儀なくされた。次の国の舵取りはこれから決まるが、この人ならと思わせる人にリーダーになって欲しいが果たして、、、


『 天からの警鐘 VOL196』 8月のコラム上へ
 

 緊急事態宣言により自由が制限され、否応なくこの日本という「社会」の一員であることを認識させられた。ショッピングセンターや飲食店等などで皆、アルコール消毒液を吹き掛けてから店内に入るし、ソーシャルディスタンス、マスク着用は日常に定着した。外出制限、営業規制などコロナ禍によって一定期間社会機能が停止したことにより、昨日あったものが今日もあるとは限らないという虚無感を感じた人も多いのではないか。緊急事態宣言が解除され、コロナ前のような生活に戻れると思いきや、第2波ともいえる感染者増によりアッという間に3万人超になってしまった。

 社会が機能するための条件は大多数の人が仕事に就いていること。それは単に経済的な不安定さだけの問題ではなく、「社会」への参画という人間の存在意義に関わる問題だ。望んでも仕事に就けない社会は自己実現の機会を奪う。いつの世でも社会は一人一人に役割、仕事を供給している。仕事があるということは、社会に役立つ事業に関わっているということ。事業が社会に必要とされるから、仕事が生じ組織も存在する。

 コロナ禍の中、マイクロソフトの最高経営責任者ナデラ氏は「2年分のデジタル変革が2ケ月で起きた」と述べた。ツイッター社が在宅勤務を無制限に認めることを決めたように人々の生活様式はコロナ前とは違う。社会が必要としているコトが変わり、同じ風景が2年先に一気に時計が進んでしまった。いずれ時期がくればワクチンが開発され、治療方法も確立されるだろう。しかし、社会がコロナ前に戻れる確率は低いとみる。コロナによって地球全体の社会変革が起こり、変革の真っ只中に人類全体が放り込まれた。

 コロナ禍は人類が大騒ぎしているが、その他の動植物はこれまで通りの日常を送っているし、誤解を恐れずに言わせてもらえば、CO2が減少したことにより自然界は喜んでいる。ほどんどの業種で経済が回らず苦しんでいるが、そのひとつに航空業界がある。前年比で9割減という。飛行機は多くのCO2を排出して飛んでいる。飛行機が飛ばないことにより、又車の排気ガスや工場等休業により、空気が綺麗になったことで地球環境が良くなり、それは巡り巡って長い目でみると人類にとってプラスになるかもしれない。「禍福は糾える縄の如し」とはよく言ったものだが、いずれにせよ、「このままではいけない、そろそろ気付きなさい」と人類に天から警鐘を鳴らされているように思える。


『 withコロナ VOL195』 7月のコラム上へ
 

 世界での新型コロナウイルスの猛威が止まらない。6月下旬で感染者が1000万人超、死者50万人超。各界の叡智を集めながら必死に収束を模索している状態が続いているものの、経済への影響も大きく、どこまで人との接触を規制してよいか、各国の首脳は頭を悩ませている。グローバル化で地球が狭くなって、国同士の行き来が規制されて流通がストップ。経済への打撃は大きく、ほとんどの企業の業績が大幅に落ち込んでいる。

 今回のウィルスがここまで拡大し、多くの人命を奪っている要因。①国際政治の思惑:武漢で発生した当初、中国政府はこれを隠蔽し、中国と親密なWHOも正確な情報を伝えなかった。その為米国のトランプ大統領も事態を軽視。初動の遅れに繋がった。②致死率の低さ:このウィルスは感染力が高い一方、致死率は5%前後。2002年に中国で発生したSARS(サーズ)の10%、2012年にアラビア半島から世界に拡大したMERS(マーズ)の34%、2014年から数年に渡りアフリカで猛威を振るったエボラ出血熱の40%に比べ低く、感染拡大を招く一因になった。③ウィルスを伝染させる媒体が見えない:日本脳炎やデング熱などは、ウィルスを媒介する蚊を警戒し退治することができるが、新型コロナウイルスの場合、感染の予兆が何もない。無症状の患者が多く、感染していることを気付かない中で蔓延してしまった。。

 日本も初動が遅れた。夏の東京オリンピック・パラリンピック開催を優先し、ウィルス対策が後手に回った感は否めない。2月時点ではこれ程の影響が大きくなることを予想することが難しかったとはいえ、危機管理が甘かったと言わざるを得ない。欧米のようにロックダウンという強硬措置をとらずとも、政府や行政の首長からの要請で日本人は規律を守り、暴動などは皆無というのが幸いなのだが、、、

 国内の現状。感染者数の報告が100人前後(内東京が50~60人前後)。累計感染者約18,500人、死亡者約980人 退院者数約16,400人。PCR検査の結果、自分が感染していることを初めて知る人も多い。無症状の感染者が感染者を増やしていく状況だ。治療法やワクチンができるのが数年かかるともいわれており、来年に延期された東京オリンピック・パラリンピックの開催も危ぶまれる。

 これから暑い夏。マスクをして距離をとり、どこに潜んでいるか分からないウィルスとwithコロナかぁ


『フォロワーシップ VOL194』 6月のコラム上へ
 

 フォロワーシップとは、組織においてリーダーを補佐する位置にいて、リーダーに対し自律的な支援を行う態度。

 日本国内では緊急事態宣言が全国で解除されたが、新型コロナウイルスは世界中での拡大が続いている。国内でも第2波の感染が出ており、今後も予断を許さない状況だ。有事の状態は続いており気が抜けない。この現実を認識し、リーダーはもちろんのこと、何より国民一人ひとりが「今は有事である」とあるという思いで、危機管理に向き合わなければならない。このような国家の危機に求められるのは、リーダーの決断に対し国民が積極的、自主的に協力するフォロワーシップだ。どんなに優れたリーダーでも、国民が協力しなければうまくはいかない。指導者のリーダーシップと国民のフォロワーシップが一体となって初めて国家の危機から脱することができる。

 今回のような有事に対し、一人のリーダーに全権委任して危機管理に当たらせるいわゆるディクタートル(独裁官)制度という制度がある。重要なことは、その期間中、国民はディクタートルの批判をせず、全面的に従うということ。平時と有事で決定的に違うのは時間的要求。「船頭多くして船山に上る」「小田原評定」では、時間ばかりかかり結論が出ない。ディクタートル制度は日々刻々と変化していく状況に対し素早く決断し、実行していくことが求められる危機管理の本質に合致して制度といえる。

 今の日本にディクタートル制度をそのまま当てはめることはできないが、危機の間は、国家のリーダーである総理が叡智を集めて迅速に決断し、国民は積極的に従う。そして危機が去ったあとに、リーダーの決断が正しかったのか徹底した検証を行い、不満があれば選挙で落とす。これば民主主義下のディクタートル制度であり、国家の危機に対処する原則である。

 危機管理のもう一つ原則は情報の集まるところに権限を委任するということ。情報が最も入るのは現場。何を優先するか現場に対応を一任し、責任は「俺がとる」とトップが肚を決める。現場に大きな裁量を与え適時に対処する。現場の分からない人間が外からとやかく言っても混乱を招くだけである。

 幸いと言うべきか、国民性なのか、日本はコロナ危機で世界から「日本の奇跡」と言われるほど感染者と亡くなった人は少ない。総理や首長に多くの国民が協力した。第2波がきていることは否めないが何とかこの危機を乗り越えていきたい。


『こういう時にこそ VOL193』 5月のコラム上へ
 

 新型コロナウイルスの収束が見通せない。アルコール消毒、手洗い、マスク、買い物時のソーシャルディスタンス等は国民のほとんどが実践、暗黙のルールを守っている。こういう配慮は何度も行政の責任者が呼びかけ、メディアも連日伝えていることもあり定着したようだ。

 医療崩壊はギリギリの瀬戸際で持ちこたえており、医療従事者には頭が下がる。人の命を救う使命感で疲労困憊の状態を気力でカバーし、自分も感染のするリスクを抱え治療に当たっていると聞く。感染者数が多少減少傾向にあるというものの余談は許さない状況が続く。

 飲食関係、観光業、を筆頭にほとんどの業種は経営難に陥り、今日明日の生活の逼迫さを訴え、国や県に救済を求めている。松下幸之助のいう「ダム経営」をやっている事業者はほとんどいない。自転車操業で何とか食いつないでいるのが実態だ。人との接触をこれまでの8割減、なるべく会わないようにして、と国は言っているのだから経済が回る筈はない。

 国民一人当たり10万円の給付も間もなく始まるが、正直焼け石に水の感は拭えない。それもスピード感を持っていう割には、時間が掛り過ぎ。日本の国の仕組みの弱点が顕著化した。布マスクを国民一人に2枚配るという案も実行にされた途端、不良品が多く見つかり、手元に届くのはまだ時間がかかる。手元に届く頃には、マスク不足は解消されて店頭で購入できるのはではなかろうかとさえ思ってしまう。アベノマスクと揶揄されても仕方ない。

 スティホーム。家にいましょう、感染拡大が収まるまで。いつまでこの状態が続くか分からず、緊急事態宣言が解除されたら、自由に外に出て飲食や観光や遊びに行っていいのか。それとも徐々に時間や業種の制限を緩くするのか。家に居てイライラが募り、家族間のトラブルが多くなっている。これまで子供は学校、親は仕事と家族間の距離感が保たれていたものが、突然その距離が縮まり、ギクシャクして何気ないことが目につき、次第に腹立たしくなる。幸せは家庭は皆似ているが、不幸な家庭は皆違う。こういう状況の時こそ身近な人が大事な存在だと感じられればいい。自分にとって都合の悪いことが起こった時、その人の人間性が試される。一人一人の行動は小さいことかも知れない。せめて誰かに迷惑をかけないように気を付け、自分にできることをやることが大切なのではなかろうか。


『新型コロナウイルス2 VOL192』 4月のコラム上へ
 

 新型コロナウイルスの勢いが止まらない。世界で57万人以上感染、死亡者も2.6万人以上、日本でもクルーズ船の乗客を含めると感染2,500人、死亡者50人を超えて、日に日にその数が増加。メディアも日夜、コロナ一色の報道だ。今年日本の最大のイベント東京五輪・パラリンピックも来年の夏まで延期となるも、開催日時も決められない状況に陥っている。
日本を含めて各国の首脳が不要不急の外出を控えるように国民に訴え、緊急事態を宣言している国も多い。桜の時期だが、花見どころではない。飲食関係、インバンドを見込んでいた宿泊施設、旅行業者も大きな痛手を負い、コンサートや演劇やイベントも軒並み中止。人の動きが一気に減少し多くの業種に多大な影響を与えている。パンデミック、ロックダウン等という言葉も初めて耳にした。

 パンデミック:日本語で「感染爆発」と訳され、感染症や伝染病が全国的、世界的に大流行し、非常に多くの感染者や患者が発生すること。語源はギリシャ語のパンデミア。パンは「全て」、デミアは「人々」を意味する。過去に起こったパンデミックは、14世紀に欧州で流行したペスト(黒死病)、19世紀から20世紀にかけ地域を変えながら7回も大流行したコレラ、第一次世界大戦中の1918年から1919年にかけて猛威を振るったスペイン風邪(インフルエンザ)、1968年に発生した香港風邪などがある。スペイン風邪は世界人口の約50%が感染し、死者が2000万人とも5000万人ともいわれる。WHO(世界保健機構)は流行の規模に応じ、地域的なエンデミック、国内~数か国のエピデミック、世界的で規模が大きいものをパンデミックと使い分け、1~6の警戒数字を設けている。今回の新型コロナウイルスの広がりはすでにWHOがパンデミック状態だと警鐘を鳴らしている。

 ロックダウン:英語の「lockdown」からきており、「都市封鎖」という意味合いで使われている。対象エリアの住民の活動を制限するなどが挙げられ、外出禁止令等が代表例。

 小池都知事・ロックダウンの手前まできている、安倍総理・持ちこたえている、と国民に注意勧告を発信している。これからどうなるか予断の許さない状態が続く。福島県は郡山市の感染者1名を含めは今のところ2名だが、世界、日本、福島、今後どこまで広がるか、いつ終息するのか、誰もが知りたいが、誰も分からない。


『新型コロナウイルス VOL191』 3月のコラム上へ
 

 昨年末中国で発症した新型コロナウイルス。今は世界中に拡散し、大きな脅威となっている。日々刻々と状況が変化し、毎日感染者が増加し2月末時点で947人。NHKのまとめでは、中国と日本以外で新型コロナウイルスの感染者が確認された国と地域は57。感染者は合わせて5696人、死者は96人となっている。マスクが不足し、高値で売買されたり、デマの情報でトイレットペーパーが買占められ品薄になるという状態にまでなっている。政府が小中高学校の休校を要請し、人が多く集まるコンサートやセミナー、飲食店での飲食なども首長が自粛を呼びかける事態に陥っている。有効な治療方法や薬がない上に、検査して欲しいが検査をしてもらえない人が多くおり、どれだけ感染者がいるかも不明な状況が続く。

 そんな中、SNSで知人からメールがきた。:看護婦さんから送られてきたので転送します。今回のウィルスは熱に弱いそうです。冷たい飲み物は厳禁です。いつも、温かい飲物、ぬるま湯を持ち歩いてください。以下は武漢研究所に派遣されている米国の友人メッセージです。ぜひ多くの皆さんに伝達してください。彼は肺炎ウィルスの研究を行っています。最も簡単な識別方法は①一般の風邪をひいたときは鼻水と痰あります。②コロナウイルスは鼻水のない乾いた咳があります。今回のウィルスは耐熱性がなく、36℃~37℃の温度で殺傷されます。そのため、お湯をこまめに飲むことが対策になります。冷たい水、特に氷水を飲まないように心がけてください。お湯を飲むことはすべてのウィルスに効果的です。コロナウイルスに対する医師の助言:1ウィルスの大きさは非常に大きく(セルの直径は400-500nm)すべての一般マスク(N95の機能だけでなく)は、これをフィルタリングすることができます。しかし、感染した人があなたの前でくしゃみすれば3メートル離れてても飛んできます。2ウィルスが、金属の表面に付着している場合は12時間以上生存しています。金属に触れた場合は必ず石鹸で手を洗ってください。3ウィルスは服に付着の場合は、6-12時間活性化状態を維持しています。洗濯洗剤はウイルスを殺します。以下省略:37℃でウィルスが殺傷できるなら体温で殺せると思うのだが、今の状況だと信じてしまう人も多いのだろう。世界が混乱する可能性があるこのウィルス。一刻も早い収束を望む。


『貧欲 VOL190』 2月のコラム上へ
 

 稲盛和夫著「生きる」の中に面白い話が載っていたので紹介する。

 冷たい木枯らしの吹く中を男が歩いていた。ふと見ると足元に白いものがいっぱい落ちている。よく見ると、それは人間の骨。なぜ、こんなところに人骨が、、、と気味悪く、不思議に思いながら先に進んでいくと、向こうから一頭の大きな虎が吠えながら向かってきた。男はびっくり仰天し、この骨はあの虎に食われた哀れな連中の成れの果てかと思い、急いで踵を返していま来た道を一目散に逃げた。しかし、どう道に迷ったものか断崖絶壁につき当たってしまう。崖下は怒涛渦巻く海。後ろは虎。進退窮まって、男は崖っぷちに一本だけ生えていた松の木によじ登った。ところが、虎も大きな爪をたてて松の木を登りはじめた。

 ここまでかと観念しかけたが、目の前の枝から一本の藤つるが下がっているのを見つけた。男は藤つるを伝って下へ降りて行った。しかし、つるは途中で途切れており、男は宙ぶらりんの状態になってしまう。上方では虎が舌なめずりをしながら睨んでいる。しかもよく下をみると、荒れ狂う海には赤、黒、青の三匹の竜が、いまにも落ちてきそうな人間を食べてやろうと待ち構えている。さらに上のほうからガリガリと音がする。目を上げると藤つるの根もとを白と黒のネズミが交互にかじっている。このままでは、つるはネズミに噛み切られて、男は口を開けている竜目がけて真っ逆さまに落下するしかない。

 まさに八方ふさがりの中で、男は何とかネズミを追い払うべく、つるをゆすってみた。すると何か頬に落ちてきた。舐めてみると甘い蜂蜜だった。つるの根もとに蜂の巣があり、揺さぶるたびに蜜が滴り落ちてくる。男はその甘露のような蜜のとりこになってしまった。それで、いま自分が置かれている絶体絶命の状況も忘れて、何度も何度もその命綱を自ら揺すっては、うっとりと甘い蜜を味わうことを繰り返した。

 切羽詰まった危機的状況に追い込まれてもなお、甘い汁をなめずにいられない。これが我々人間の性であるとお釈迦様は説く。因みに虎は死や病気、松の木は地位や財産や名誉、白と黒のネズミは昼と夜。絶えず死の恐怖に脅かされながらも、生にすがろうとする。しかし、それは一本の藤つるほどに頼りないもので、そのつるも時間とともに摩滅していき、死に近づいていく。それでも自分の生命を縮めてでも蜜を欲しがる。そんな浅ましいほどの欲望といっときも縁切れない存在。それが人間の偽りない実相だとお釈迦様は教えている。


『縁起 VOL189』 1月のコラム上へ

 オリンピックイヤー2020年が幕を開けた。昨年10月の台風19号の傷が癒えていないが、時は否応なしに時間を刻む。初詣には例年通り多くの参拝者が訪れ家内安全・無病息災・商売繫盛・合格祈願、等々を心に秘め手を合わる。そして今年の運勢はどうかとおみくじを引く。「大吉」を引き当てると縁起がいいと心が浮き立つ。まぁ確かにその時はそう思うのだが、それは一瞬であって神社の階段を降りた頃にはコロっと忘れてしまっていたりする。

 この縁起。全ての存在は無数無量の因縁によって成り立つ、という仏教の基本思想を表す用語なのだが、誤解され解釈されているようだ。「縁起がよい、縁起が悪い、縁起を担ぐ」などというが、吉凶の前兆として用いられるべき言葉ではない。仏教における縁起とは、私たちは因縁によって存在するのであって、因縁を取り除いたら、「私」という個の存在がないということだ。それがいつの間にか、私がたくさんの因縁を頂いて生かされているという通俗的的な意味に広まってしまった。つまり「生かされている」というのではなく「存在している」ということ。因縁によって存在する縁起は、私もあなたも同時に存在しているのだから、あなたの幸せは私の幸せとなる。だから自分だけが都合の良いようにはならない。自分が良いなら相手も良いのだ。

 人間は、複数の出来事の間のつながり、流れ、傾向性を見出す能力がある。夕焼けだと明日は晴れになる傾向があるということなどに気づく。ところが何の関係もない事象の間にも、何らかの流れや傾向を見出したくなる思考癖もある。力士が白星を続けている時は、同じマワシを付けるとか、宝くじが当たったから同じ窓口で買うとか、青い服を着て受けた試験が合格したから試験の時は青い服を着るとか。何の因果関係もないのにそのように思い込みがちになる。もちろん一概に割り切ることはできないので、縁起を担ぐことは本人がよしと思えばそれでいいだけの話ではあるし、思い込みが結果として良い方向に行くことも往々にしてある。

 4年一度のオリンピックが東京で開催される。否応なしに勝負が決するアスリート達は一体どんな縁起を担いで大舞台に立つのか。同じ土俵に立つ因縁の相手とはどんな相手なのか。そして自分の周りにはどんな縁が巡ってくるのか。地に足を着けてこの1年を良き年にしたい。


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