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【2020年コラム】

1月のコラム 

 


『縁起 VOL189』 1月のコラム上へ

 オリンピックイヤー2020年が幕を開けた。昨年10月の台風19号の傷が癒えていないが、時は否応なしに時間を刻む。初詣には例年通り多くの参拝者が訪れ家内安全・無病息災・商売繫盛・合格祈願、等々を心に秘め手を合わる。そして今年の運勢はどうかとおみくじを引く。「大吉」を引き当てると縁起がいいと心が浮き立つ。まぁ確かにその時はそう思うのだが、それは一瞬であって神社の階段を降りた頃にはコロっと忘れてしまっていたりする。

 この縁起。全ての存在は無数無量の因縁によって成り立つ、という仏教の基本思想を表す用語なのだが、誤解され解釈されているようだ。「縁起がよい、縁起が悪い、縁起を担ぐ」などというが、吉凶の前兆として用いられるべき言葉ではない。仏教における縁起とは、私たちは因縁によって存在するのであって、因縁を取り除いたら、「私」という個の存在がないということだ。それがいつの間にか、私がたくさんの因縁を頂いて生かされているという通俗的的な意味に広まってしまった。つまり「生かされている」というのではなく「存在している」ということ。因縁によって存在する縁起は、私もあなたも同時に存在しているのだから、あなたの幸せは私の幸せとなる。だから自分だけが都合の良いようにはならない。自分が良いなら相手も良いのだ。

 人間は、複数の出来事の間のつながり、流れ、傾向性を見出す能力がある。夕焼けだと明日は晴れになる傾向があるということなどに気づく。ところが何の関係もない事象の間にも、何らかの流れや傾向を見出したくなる思考癖もある。力士が白星を続けている時は、同じマワシを付けるとか、宝くじが当たったから同じ窓口で買うとか、青い服を着て受けた試験が合格したから試験の時は青い服を着るとか。何の因果関係もないのにそのように思い込みがちになる。もちろん一概に割り切ることはできないので、縁起を担ぐことは本人がよしと思えばそれでいいだけの話ではあるし、思い込みが結果として良い方向に行くことも往々にしてある。

 4年一度のオリンピックが東京で開催される。否応なしに勝負が決するアスリート達は一体どんな縁起を担いで大舞台に立つのか。同じ土俵に立つ因縁の相手とはどんな相手なのか。そして自分の周りにはどんな縁が巡ってくるのか。地に足を着けてこの1年を良き年にしたい。


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