代表 菅原

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『 2018・胎内記憶 VOL165 』 一月のコラム 上へ

 赤ちゃんは可愛い。人間でも動物でも。昨年上野動物園で生まれたパンダの赤ちゃん・シャンシャン(香香)のお披露目には抽選に当たった多くの人が行列をつくった。その無垢の姿に癒される。人間は初めから人間として生まれたわけではなく、その成長の過程で人としての学びをし、成長する。自我が芽生え、我を通し受け入れられないもどかしさを感じながら。動物とは違い、人間は言葉で自分の意志表示し、親や周りの人たちに影響を及ぼす。

 胎内記憶。3~4歳の子供に母親が「どうしてママのところに生まれてきたの」と聞くと、30~40%くらいの子供たちが「ママが淋しそうにしていたから」とか「ママに会いたかったから」とか受胎の時のことを話すという。父親が聞いても同じような答えが返ってくる。そうすると自分で親を選んで生まれてきたことになる。反抗期の時「親が勝手に産んだんじゃないか」とは言えないのである。

 ある程度の年齢になると通用する我儘と通用しない我儘があることが分かってくる。所謂世間の常識というヤツだが、世の中のルールに沿ってお互い助け合って世の中が回っていて、自分もその一員だと気づいていく。生まれた環境やその後の置かれた環境はその人の人生に大きく影響を及ぼすだろうが、自ら望んでその場にいると認識するかどうかで生き方に違いが出る。隣の芝生は緑色に見えると羨ましがっても何も改善はしない。人は兎角、他人と比べ、自分の環境を嘆く。嘆く時間があるなら、何かやることがある筈だ。すべて基軸となるのは自分だと気づけば、人生の体幹を鍛えることに目を向けられる。

 2018年が穏やかに明けた。還暦も過ぎて自分は「まだまだ」との思いもあるが、会社勤めの同年配者は定年を迎え、其々の第二の人生を歩み始めた者や役員として頑張っている者もいる。歩んできた道、これから歩む道は違うが行き着くゴールは同じ。確実に時計には刻まれ、矢の如く月日は流れる。これから先何があるか分からないが、まずは今年。年をとるとこれまで感じなかったことが面倒に感じる。確かにそうだ。億劫に感じることも多くなった気がする。だが、いいことも沢山ある。日本人の国民性のひとつに歳上の人に一目置くということが上げられる。年をとれば当たり前だが歳下が増える。

 健康に気を付け、億劫だなどと我儘を言わず、やることをしっかりやって、歳下に一目置かれるだけではなく、当てにされるような、良き60代の1ページの年としたい。生まれる前からすべて自分で決め、自分にしか味わえない自分の人生をこれまで送ってきたのだから。



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